- 民族とネイション : ナショナリズムという難問
塩川伸明著
東京 : 岩波書店, 2008.11
1階文庫・新書 - ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る
梅森直之編著
東京 : 光文社, 2007.5
1階一般図書
311.3/A46 - 民族とナショナリズム
アーネスト・ゲルナー著 ; 加藤節監訳
東京 : 岩波書店, 2000.12
1階一般図書
311.3/G33 - 今こそアーレントを読み直す
仲正昌樹著
東京 : 講談社, 2009.5
1階文庫・新書 - ナショナリズムとメディア : 日本近代化過程における新聞の功罪
鈴木健二著
東京 : 岩波書店, 1997
1階一般図書 361.45/SU96
2011年1月19日水曜日
「テキストを入手できない」問題
「テキストが手に入らない」ということで困っている、という主旨のメールが届いています。9月や10月に講義で繰り返しテキストと試験問題について話しましたが、11月、12月になってからはもう少し入手するように催促すべきだったと反省しています。テキストに関する問題は全体の4割となっていますので、テキスト関連の問題で零点となると成績にかなり響きます。そこで、ぎりぎりになってしまいましたが、今日、救済策を考えました。下記の本は図書館にあるはずですが、どうしてもテキストを入手できなかった場合には、そのうちの一冊を選んで、読んでください。試験では選んだ本に関するエッセーを書いた場合には、本来読むべき本を読んでいないということで多少減点しないといけないと思いますが、おそらく本来の点数の6、7割分を与えられると思います。なお、試験では本の題をはっきりと書いた上で、その中身について具体的に、そしてできるだけ詳しく考察してください。
政教分離規定と靖国問題
下記のメールが届きました。
第二章は「国家とは何か」で、靖国問題に関する考察は「国家の憲法」という節にあります。「国」とは何か、「国家」とは何か、についていろいろな答え方がありますが、法律、つまり憲法で「国」のあり方が規定されているという考え方もあり、ここではそのことについて考察しています。戦前には政教分離がなく、「神道」と「国」が一体となる「国家神道」になっていました。「国」と「宗教」が一緒になってしまったので、国がやろうとする戦争になかなかブレーキがかからなかったという考え方があります。戦前のこの「国体」体制にこのような問題がありましたので、同様な問題を未然に防ぐために、戦後の憲法には政教分離の原理が盛り込まれました。姜氏は、憲法を国が靖国を管理できるように改正(改悪?)しようとする動きを取り上げていますが、このような憲法改正は戦前の体制に逆戻りするようなことになるという立場で注意を喚起しているように思います。また、間接的に、姜氏は「愛国=国家神道的な考え方」と発想の問題点を指摘していると思います。姜氏がこの本を通して、別の形の「愛国」を提案するための考察とも言えると思います。
『愛国の作法』の文体は確かにわかりにくいと思います。それは決していいことではないと思います。しかし、内容はいいと思います。読んでいると「木を見て森を見ず」に陥りやすいと思いますが、その落とし穴を避けるためにはできるだけ本全体の構成を考えながら読み進めるといいと思います。章全体のテーマは何か、それぞれの節のテーマは何か、それが章とどのような関係があるのか、などのように考えながら読んでもらえればいいと思います。
このように質問を送ってくれた学生については「本との格闘をしている」ことがわかりますので、理解しきれないところがあっても、最終的な成績評定の段階でその努力を高く評価できると思います。より多くの受講者からの質問をお待ちしています。
ここ数日「愛国の作法」を読んでいるのですが思ったように内容が飲みこめず自分の予定では既に読破していたかったのですがまだ途中なのが現状です。。。ピンポイントでここがわからない!というより理解の仕方が私にとっては難しく(私の知識が乏しいが故ですが。。。)正直言うと今まで読んできた分も、筆者の思いがきちんと理解できているのかも自信がありません。
例えば、第二章 3国家と憲法 であげられているような「靖国問題」はp78の最後にある“「この国のかたち」にかかわる極めて重要なテーマ”としてダイレクトにこれが愛国心として心にとめておいて欲しいことの一つだといっているのか、この1冊を通して一つの答えを導くプロセスとしての一つとして理解すればいいのかがわかりません。まず、具体的な質問に答えてから、この本の難読さについて書きたいと思います。
第二章は「国家とは何か」で、靖国問題に関する考察は「国家の憲法」という節にあります。「国」とは何か、「国家」とは何か、についていろいろな答え方がありますが、法律、つまり憲法で「国」のあり方が規定されているという考え方もあり、ここではそのことについて考察しています。戦前には政教分離がなく、「神道」と「国」が一体となる「国家神道」になっていました。「国」と「宗教」が一緒になってしまったので、国がやろうとする戦争になかなかブレーキがかからなかったという考え方があります。戦前のこの「国体」体制にこのような問題がありましたので、同様な問題を未然に防ぐために、戦後の憲法には政教分離の原理が盛り込まれました。姜氏は、憲法を国が靖国を管理できるように改正(改悪?)しようとする動きを取り上げていますが、このような憲法改正は戦前の体制に逆戻りするようなことになるという立場で注意を喚起しているように思います。また、間接的に、姜氏は「愛国=国家神道的な考え方」と発想の問題点を指摘していると思います。姜氏がこの本を通して、別の形の「愛国」を提案するための考察とも言えると思います。
『愛国の作法』の文体は確かにわかりにくいと思います。それは決していいことではないと思います。しかし、内容はいいと思います。読んでいると「木を見て森を見ず」に陥りやすいと思いますが、その落とし穴を避けるためにはできるだけ本全体の構成を考えながら読み進めるといいと思います。章全体のテーマは何か、それぞれの節のテーマは何か、それが章とどのような関係があるのか、などのように考えながら読んでもらえればいいと思います。
このように質問を送ってくれた学生については「本との格闘をしている」ことがわかりますので、理解しきれないところがあっても、最終的な成績評定の段階でその努力を高く評価できると思います。より多くの受講者からの質問をお待ちしています。
暴力が権利を消し去る
テキストに関する次の質問がメールで来ました。
「愛国」が行き過ぎると戦争につながる恐れがあるという意味合いで、この「国家」と「暴力」との関係は非常に重要だと思います。戦後、愛国心が好戦的な勢力(いわゆる右翼)の半ば「専売特許」になっていましたが、「そのままにしておけない」(12ページ)というのが姜氏の立場です。この本で、短絡的な戦争肯定論につながらない「愛国」のあり方について考えていると思います。
質問、ありがとうございました。他の受講生の質問を待っています。
64ページの『暴力が権利を消し去る』の部分で、権利が、ある一定のバランスを崩すと人々の中には均衡を保つために“暴力”が芽生える、という内容でしたが(この解釈で合っているのか不安ですが)、65ページの8行目「アーレントの言うように・・・」からの一段落の意味がいまいちピンときません。具体的にどういう事なのでしょうか?ヒントだけでもいいので教えてください。まず、文脈は大事ですが、これは第一章「国家とは何か」の最初の節である「国家と権力」にある文章ですね。「国家と権力」はマックス・ウェーバー(20世紀初頭の社会学者)が国家を正当な暴力を独占する組織として定義したことを出発点にしています。「権力」との関係で姜氏はその暴力の「正当性」に直目しています。64ページの見出しの「暴力が権利を消し去る」で表現しているのは、「暴力」が行き過ぎて、正当性を失われると、「権力」(民主主義国家において、国民の支持を源とする力、つまり「統率力」)が弱くなるということだと思います。「アーレントの言うように」で始まる段落では、アメリカの場合は、ベトナム戦争がそうした暴力の行き過ぎの例になっています。月に人を送ることができたアメリカでも、「地上最小国の一つ(ベトナム)」に負けてしまった訳です。正当化できない暴力だったからだと思います。
「愛国」が行き過ぎると戦争につながる恐れがあるという意味合いで、この「国家」と「暴力」との関係は非常に重要だと思います。戦後、愛国心が好戦的な勢力(いわゆる右翼)の半ば「専売特許」になっていましたが、「そのままにしておけない」(12ページ)というのが姜氏の立場です。この本で、短絡的な戦争肯定論につながらない「愛国」のあり方について考えていると思います。
質問、ありがとうございました。他の受講生の質問を待っています。
2011年1月17日月曜日
学内私書箱
今日、秋学期のパワーポイントのスライドや動画の一部を「学内書箱」に入れました。「学内書箱」は学外からのアクセスはできませんが、学内のパソコンであれば、ファイルの閲覧やダウンロードはできます。
講義での説明を聞いていない人にとって、何を伝えるためのスライドや動画だったかを理解することがたいへん難しいものが多いと思います。また、スライドがパワーポイントのファイルに入っていても、その日に講義で見せる時間がなかったケースもあります。しかし、これらの問題点があっても、学内私書箱に入れてほしいという要望がありましたので、入れてみました。
講義に出席することできた人にとっては復習する上で多少役立つかもしれません。講義に出席できなかった人にとってはわかりにくいところが多くとも、参考になるスライドなどは少しあるかもしれません。
講義での説明を聞いていない人にとって、何を伝えるためのスライドや動画だったかを理解することがたいへん難しいものが多いと思います。また、スライドがパワーポイントのファイルに入っていても、その日に講義で見せる時間がなかったケースもあります。しかし、これらの問題点があっても、学内私書箱に入れてほしいという要望がありましたので、入れてみました。
講義に出席することできた人にとっては復習する上で多少役立つかもしれません。講義に出席できなかった人にとってはわかりにくいところが多くとも、参考になるスライドなどは少しあるかもしれません。
2011年1月12日水曜日
期末試験と『愛国の作法』
期末試験では『愛国の作法』(姜尚中著、朝日新書)に関する論述形式の問題があります。配点は40%となっています。本の主旨(著者が言おうとしていること、著者の主張)を本の内容を例示しながら書けるように準備すれば、この問題でいい点が取れると思います。その準備をする過程で難解な箇所、姜氏の表現がわかりにくいと思われる箇所などが出てくるだろうと思います。意味や意図に関する具体的な疑問が生じた場合には、メールで質問してください。質問してくれた人に対してはメールで返事を書いた上で、他の受講生に対してはブログまたは最終回の講義で質問および私の回答を示します。また、このような質問を積極的に寄せてくれることを高く評価しますので、万が一期末試験で十分に点をとることができなくても、事前に質問を送ってくれていることを考慮して採点します。
メールをお待ちしています。
メールをお待ちしています。
2011年1月7日金曜日
小川さんへのお礼
今日の小川さんの留学に関する話についてはこういうコメントが届きました。
- 小川さんから留学の話を聞けて留学にとても興味をもちました。
- 今日、アメリカに留学している小川さんと画面を通して話を聞き、私はすごいなと思うました。私はどちらかというと外国に行くことに対して消極的な考えで留学や外国で仕事をしている人を尊敬します。やはりいろいろな文化を知ることができ、自分を成長させることができると思うので私も積極的な考えが持てればと思います。
- 今日の授業はスカイプを使って留学生の話を聞いて、アメリカと日本の違いを実際に体験できている先輩が羨ましく感じました。
小川さん、本当にありがとうございました。
子安宣邦氏と爆笑問題のインタビュー
今日見せた子安宣邦氏と爆笑問題のインタビューについて次のコメントをもらいました。
欧米は歴史上よく国境が変化しているので、日本より「国は人が作った」意識強そうですね。アメリカについては、日本より「作った」という意識が強いと思いますが、「国境が変化」してきたことについては、日本と欧州は案外似ているように思います。今日準備していたもう一本のビデオはまさにこのことに関する番組です。次回そのビデオを見せて説明したいと思います。
「人種」という概念
先週の講義に対するメール及び私からのコメントです。
- 受講生から:「今日の授業で戦争のビデオを見て私は想像や聞いていた以上の悲惨さを感じました。人を殺す意識もなくなりただ虫を退治するようになっていたと聞いてとても信じられませんでした。悪気はなくただ使命感だけで行動していた人の気持ちがわかるわけではないが、否定できないところが戦争のすべてなのではないかと思いました。人を殺さなければ自分が殺され、自分の国のために一生懸命はたらいた兵士をせめることはできないと思いました。時代は違えど戦争に対する苦悩や葛藤はとても計り知れないものだと考えました。私たちができることは国単位であの国のはこうだという固定概念を捨てることではないかと思います。」
マスデン:「私たちができることは国単位であの国のはこうだという固定概念を捨てることではないかと思います。」というのはそのとおりだと思います。
暗いビデオではありますが、ビデオを通して過去の過ちについて考えることによって、似たような悲劇を回避できればいいと考えて、見せました。その主旨を理解してくれたことはうれしいです。
ところで、このビデオとその後の人種に関する講義内容との間に密接な関係があると思います。アメリカ側が「人種」という概念を悪用して、人間性を否定するプロパガンダを作りました。人間性の否定は殺戮を可能にすると思います。
- 受講生から:「人種という概念は、非常にあやふやなものである。私は、黒人が非常に運動能力が優れていると思っていた。しかし、やはり人によっては、運動能力が低い人もいる。だから、黒人だけが優れているとゆう概念を変えようと思った。」
マスデン:そういうことです。スライドがうまく出てきませんでしたが、集団の差よりも個人差が大きいです。できれば、その点について次回補足したいと思います。
2011年1月6日木曜日
試験は22日(土)
22日に行われる試験について、次の質問を受けました。
なお、当日、自己などで試験を受けられないようなことがあれば、至急教務課に電話してください。当日の問題についても、あくまでも教務課の判断となります。
試験と合同説明会が被ってしまったんですがどちらを優先するべきでしょうか?授業への欠席なら私が対応を決めていいことになっていますが、試験となると、残念ながら担当教員の決定自己ではなく、教務課が決めることになります。難しいかと思いますが、是非教務課で聞いてみてください。
なお、当日、自己などで試験を受けられないようなことがあれば、至急教務課に電話してください。当日の問題についても、あくまでも教務課の判断となります。
2010年11月19日金曜日
「反日」や「反米」について
先週、授業で見せたビデオの中に「反日教育」というフレーズが使われていました。ビデオを見せた後に、その「反日」の意味について受講生の皆さんと一緒に考えてみました。
今日は、先週の講義での話を補うために、イランにおける「反米」について書きたいと思います。イランとアメリカの関係がよくないことはよく知られています。最近はイランが核兵器を開発するのではないかということで、アメリカがイランを厳しく牽制しようとしています。この問題などをめぐって双方の国のリーダーが相手国を厳しく批判しています。また、今年の「比較文化論」の春学期に紹介したように、過去にアメリカとイランとの間で起きた歴史的な問題が複数あります。これらの問題が背後にあって、現在のアメリカ政策を糾弾する「反米デモ」もイランで行われるようです。例えば、2006年にBBCが出した記事によると、"Anti-American protests in Tehran are a regular event" (テヘランでは反米デモは定期的に行われている)そうです。デモは比較的頻繁に起きていることは事実だろうと思いますが、「だからイラン人には反米感情が強い」と言えるのでしょうか。
私自身はイランに行ったことはありませんが、イランに行った経験のあるアメリカ人の話をラジオ等で聞くことがあります。イランに実際に行って、町のなかで普通のイラン人と話そうとするアメリカ人はよくイラン人のアメリカ人に対する好意的な興味について話します。アメリカ人だとわかるとたくさんのイラン人に囲まれて「私たちはアメリカ政府のやることに腹を立てることがよくありますが、アメリカ人が大好きです」と言われたりするそうです。アメリカ政府の政策に対する批判はいろいろありますが、同時にアメリカ文化やアメリカ人に対する憧れもあるようです。
この例に「反米」(anti-American)という表現の問題点を垣間見ることができると思います。「反米」という表現は「全面的な反米感情」を想起させますが、実はもっと具体的な「対米批判」があるだけの場合があります。「全面的な反米感情」や「全面的な反日感情」を持っている人間も世の中にいると思いますので、「部分的な批判」も「全面的な反米感情」も「反米」という言葉でひとくくりにしてしまうと、両者を区別しなくなることに問題があるでしょう。区別しなくなると、その「部分的な批判」の中身を理解しようとしないで、「どうせあいつらは反米感情が強いだけで、まともな意見なんかないだろう」という具合に片付けてしまうのではないでしょうか?先週のメールの中に「反〇だと言って聞く耳をもたない」という表現がありましたが、まさに、一旦「反〇」だと思ってしまうと耳を持たなくなってしまうことに問題があります。
「反日」や「反米」という表現を多用してしまうと、問題の中身について深く考えずに、「あいつら、何々人は理不尽にも私たちを嫌っているだけ」と、知らず知らずのうちに決めつけてしまうことにつながるのではないでしょう。「批判の中身」を考えずに、「また、何々人が何か言っている」という見方になれば、その「何々人」を意識しすぎているという点で、この講義で言う「属性偏重」になります。
最後に、まとめとして、学生からのメールにあった表現を借りたいと思います。つまり、「反日感情を持ってる人は日本のことを嫌いでなにも認めてない人だ」ということになりますが、「日本を批判する=反日ではないことがわかった」とまとめてくれました。講義の主旨をよく理解してくれた言葉だと思います。
今日は、先週の講義での話を補うために、イランにおける「反米」について書きたいと思います。イランとアメリカの関係がよくないことはよく知られています。最近はイランが核兵器を開発するのではないかということで、アメリカがイランを厳しく牽制しようとしています。この問題などをめぐって双方の国のリーダーが相手国を厳しく批判しています。また、今年の「比較文化論」の春学期に紹介したように、過去にアメリカとイランとの間で起きた歴史的な問題が複数あります。これらの問題が背後にあって、現在のアメリカ政策を糾弾する「反米デモ」もイランで行われるようです。例えば、2006年にBBCが出した記事によると、"Anti-American protests in Tehran are a regular event" (テヘランでは反米デモは定期的に行われている)そうです。デモは比較的頻繁に起きていることは事実だろうと思いますが、「だからイラン人には反米感情が強い」と言えるのでしょうか。
私自身はイランに行ったことはありませんが、イランに行った経験のあるアメリカ人の話をラジオ等で聞くことがあります。イランに実際に行って、町のなかで普通のイラン人と話そうとするアメリカ人はよくイラン人のアメリカ人に対する好意的な興味について話します。アメリカ人だとわかるとたくさんのイラン人に囲まれて「私たちはアメリカ政府のやることに腹を立てることがよくありますが、アメリカ人が大好きです」と言われたりするそうです。アメリカ政府の政策に対する批判はいろいろありますが、同時にアメリカ文化やアメリカ人に対する憧れもあるようです。
この例に「反米」(anti-American)という表現の問題点を垣間見ることができると思います。「反米」という表現は「全面的な反米感情」を想起させますが、実はもっと具体的な「対米批判」があるだけの場合があります。「全面的な反米感情」や「全面的な反日感情」を持っている人間も世の中にいると思いますので、「部分的な批判」も「全面的な反米感情」も「反米」という言葉でひとくくりにしてしまうと、両者を区別しなくなることに問題があるでしょう。区別しなくなると、その「部分的な批判」の中身を理解しようとしないで、「どうせあいつらは反米感情が強いだけで、まともな意見なんかないだろう」という具合に片付けてしまうのではないでしょうか?先週のメールの中に「反〇だと言って聞く耳をもたない」という表現がありましたが、まさに、一旦「反〇」だと思ってしまうと耳を持たなくなってしまうことに問題があります。
「反日」や「反米」という表現を多用してしまうと、問題の中身について深く考えずに、「あいつら、何々人は理不尽にも私たちを嫌っているだけ」と、知らず知らずのうちに決めつけてしまうことにつながるのではないでしょう。「批判の中身」を考えずに、「また、何々人が何か言っている」という見方になれば、その「何々人」を意識しすぎているという点で、この講義で言う「属性偏重」になります。
最後に、まとめとして、学生からのメールにあった表現を借りたいと思います。つまり、「反日感情を持ってる人は日本のことを嫌いでなにも認めてない人だ」ということになりますが、「日本を批判する=反日ではないことがわかった」とまとめてくれました。講義の主旨をよく理解してくれた言葉だと思います。
2010年10月8日金曜日
課題について
本講義では、受講生全員に課題を提出してもらっています。この課題の評価が成績の2割となります。ここで説明している新聞記事をめぐる課題、あるいはときどき講義やブログで紹介する講演会などに関する課題のいずれか一方を提出すれば結構です。両方をする必要はありません。
新聞に関する課題は本講義で扱っているテーマや話題と関連のある新聞記事を所定の用紙受に貼り、必要受講を記入することになっています。次の点に注意してください。
新聞に関する課題は本講義で扱っているテーマや話題と関連のある新聞記事を所定の用紙受に貼り、必要受講を記入することになっています。次の点に注意してください。
- 指定の用紙(ここをクリックすれば用紙をダウンロードできる)に記事を貼ること(ホチキスで止めてもいい)。
- 必ず新聞名と記事が掲載された日付を明記すること。
- 提出日(締切日ではなく、課題を実際に提出する日)より一ヶ月以上古くなっている記事は不可。
- 提出日の欄には締め切り日ではなく、実際に提出する日の日付を記入してください。
- インターネットのページやデータベースの検索結果を印刷したものなどは不可。キーワード検索の結果ではなく、通常の新聞の閲覧した結果見つかった記事を提出してほしい。
- 切り抜きやコピーのどちらでもよいが、コピーの場合は縮小しないこと。
大きな記事の場合は、一部を用紙に貼り付けて、あまった部分を折りたたむこと。 - 用紙にある次の項目でまとめること。
- 「講義内容とこの記事の関係」
評価の際に、この欄の記述を特に重視します。断片的なフレーズではなく、意味がはっきりする文章で講義内容と記事の関係(接点、共通点、相違点など)をを書いてください。期待している書き方の具体例を講義で紹介しますので、その説明をよく聞いてください。長さとしては、2つの文を限度とします。この点に関しても講義で解説します。 - 「感想」
上の項目は「2つの文」という制約がある。この見出しの下には、補足したい点、感想などを自由に書くことができます。ただし、良い評価をもらうためにたくさん書く必要はありません。
- 「講義内容とこの記事の関係」
- 12月17日(金)までに提出すること。
その後は受け付けることができない場合があります。毎回の授業の後に受け付けますので、締切ぎりぎりまで待たずに、早目に提出してください。 - この課題は一回だけ出せばいいです。
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