2006年10月12日木曜日

戦争と普通の人

メールの中に次のコメントがありました。
今日の文化論のような我々と彼らの違いを強調することにより争いは絶えないと私は思う。先生は戦争の状況での人の考え方を想像した事がありますか?私は戦争が本当に嫌いだけど状況次第では私も人を人として見れなくなってしまうのかが不安です。

私は次の返事を書きました。
私自身が想像したことがあるかについてですが、想像しようしていますが、経験が乏しいので、十分に想像できていないだろうと思います。ただ、なぜ普段ふつうに暮らしているひと、家族や友達に対して優しくしている人などが、戦争の中でひどいことができるようになることについて考えたり、想像しようとしたりすることはすこぐ重要なことだと思います。**さんは、「況次第では私も人を人として見れなくなってしまうのかが不安」と考えていることは、実は非常に健全なことではないかと思います。私たちと変わらない「普通の人」が戦争で人を殺したり、状況によっては人を差別したりすることが多いと思います。余裕のある状況ではそういうことをする必要がないし、しようとも思わないけども、心の準備などができていないと、状況次第で我々人間はそういう恐ろしいことができてしまう動物ではないかと思います。**さんのように「況次第では私も人を人として見れなくなってしまうのかが不安」と普段から考えていて、用心していれば、いざとなって「相手は『テロリスト』ではなく、人間だ」と思い出すことができるでしょう。しかし、逆に「私は悪いことをするような人ではない」と思い込み、用心していなければ、いざとなって思わず回りの雰囲気や自分自身の感情に動かされて、自分の行動の問題に気づいた段階ではもう遅い、というようなことがあるのではないかと思います。

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